90歳、残りの時間は大切にしたい ─ 映画『人生フルーツ』を観て感じたこと
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先日、地元の小さな映画館「金星シネマ」で、ドキュメンタリー映画『人生フルーツ』を観てきました。
90歳と87歳の建築家夫婦の、慎ましくて豊かな暮らしを追った映画です。
観ていて、いろんなことを考えました。今日は、その感想を書いてみようと思います。
金星シネマで「人生フルーツ」を観た

「金星シネマ」は、地元にある小さな映画館です。小さいながら、いろいろな作品を観ることができます。
以前、別の作品を観に行ったときに、この『人生フルーツ』のチラシが置かれていました。それに、映画が始まる前に流れる次回作の紹介でも取り上げられていて、そのときから「観てみたいな」と思っていました。
決め手は、「90歳と87歳の夫婦の話」というプロフィール。そして、主人公の修一さんがニュータウン建設に関わっていた建築家だという情報でした。
90歳と87歳の夫婦の、慎ましく豊かな暮らし

『人生フルーツ』は、津端修一さんと妻の英子さんの日々を追ったドキュメンタリー映画です。
愛知県のニュータウンの一角に、二人が暮らす家がある。庭には果樹と野菜。修一さんはそれを丁寧に育て、英子さんはその実りで、毎日の料理やお菓子を作る。
派手なことは何もない。でも、二人の暮らしには、明らかな豊かさがあります。
観ていて、心がゆっくりする映画です。
修一さんは、ニュータウンを作った建築家だった

修一さんは、若い頃、日本のニュータウン開発の第一線で活躍した建築家です。
「自然と共に暮らせるまち」を目指して計画を作った。でも、当時の日本は高度成長期。効率と経済性が優先されて、修一さんが描いた理想通りのニュータウンは実現しませんでした。
そんな中、彼は自分の家を、思うようなかたちで作り始める。木々を植え、庭を作り、自分たちの家を、時間をかけて整えていった。
理想を町で叶えられなかった代わりに、自分の暮らしで叶えていったのかもしれません。
私も学生時代、ニュータウンを研究していた

実は、私は学生時代にニュータウン建設について研究していました。卒業してからも、都市開発の会社に入って働いていた時期があります。
だから、映画の中で修一さんが「思い描いたようにニュータウンを作れなかった」と静かに語るシーンに、共感するところがありました。
都市開発の現場では、理想と現実がぶつかることが本当に多いんです。効率、コスト、行政の意向、住民のニーズ ── そういうものの間で、当初描いた理想は少しずつ削られていく。それでも、なんとか少しでも良いまちを作れないかと、みんな考えながら仕事をしていました。
修一さんが自分の家を「思いを込めて」作っていく姿を観て、都市開発の会社でいろんなことを考えながら仕事をしていた頃を、思い出しました。
「90歳、残りの時間は大切にしたい」
映画の中で、印象に残ったシーンがあります。
修一さんに電話で、ニュータウンに関するお仕事の依頼がかかってくる。彼はそれを、断ります。
「もう90歳で、残りの時間は限られている。だから、その時間は大切にしたい」というような趣旨のことを言っていました。
その言葉は、印象に残りました。
歳をとっていくということは、生きられる時間が少しずつ減っていくということなんですね。修一さんは、1日1日を大切にしていたんだなと思いました。
私も、時間の使い方について、もう少し意識してもいいのかもしれません。
90歳で自転車、畑仕事、庭で過ごす日々

修一さんと英子さんは、90歳と87歳になっても、とても元気でした。
修一さんは自転車で郵便物を出しに行き、庭で畑仕事をする。二人の暮らしには、決まったリズムがあって、それを丁寧に繰り返している。
「歳をとると、体が動かなくなる」というのは、確かにそう。でも、動かなくなり方には、たぶん幅がある。
日々、少しずつ体を使い、庭で外の空気を吸い、四季を感じて暮らす。そういう積み重ねが、90歳になっても自転車を漕げる体を作っていたのかもしれません。
英子さんの料理と、”毎日ちゃんと食べる”こと

英子さんが作る料理やお菓子が、また美味しそうなんです。
庭で採れた野菜、修一さんが育てた果物。それを使って、朝ごはん、昼ごはん、晩ごはん、そしておやつまで、きちんと二人分作り続ける。
きれいに盛り付けられていて、とても美味しそう。
「毎日ちゃんと食べる」って、当たり前のようで、実はいちばん健康の秘訣なのかもしれないなと、しみじみ思いました。
コンビニでもスーパーでも簡単に食事は済ませられる時代だけど、そこにひと手間かけて、二人で座って食べる ── その積み重ねが、二人の元気を支えていたのだと思います。
修一さんは、眠るように亡くなった
映画の中で、修一さんが亡くなる場面があります。
その日、修一さんは庭でいつものように作業をしていました。少し疲れたから休むと言って、家に入り、布団に入って ── そのまま、目を覚ましませんでした。
眠るように亡くなった、というのはこういうことなんだと思いました。
亡くなる直前まで、庭で好きな作業をして、体を使って、そして静かに眠った。亡くなり方としては、理想的なのかなと思いました。
一人になった英子さんの姿

修一さんが亡くなったあと、映画は英子さん一人の暮らしを少し追います。
一人で庭を歩き、一人で朝ごはんを食べ、一人で薪を割る。
その姿はやっぱり、どこか寂しそうに見えました。長い時間を一緒に過ごしてきた二人だったから、なおさら。
きっと、いい夫婦の時間だったんだろうなと思いました。
私も、夫と二人で、こんな風に長く暮らせたら
観終わって思ったのは、じんわりといい映画だったなということ。
私は今50代で、まだ修一さんたちのような年齢じゃない。でも、これから先、私も夫と二人で歳を重ねていく。そのときに、こんなふうに二人で丁寧に暮らしていけたらいいなと思いました。
派手なことは何もなくていい。庭仕事をして、ちゃんと食事を作って、一日一日を大切に。
『人生フルーツ』は、そんなあり方を、90歳の二人が静かに見せてくれる映画でした。
まだ観ていない方は、機会があればぜひ観てみてください。
映画の主人公である津端さんご夫妻ご自身の著書もあります。ニュータウンでの二人の暮らしについて、もう少し深く知りたい方に。
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