まきっちブログ
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親と老後

歳をとると、興味も薄れるのか。父が畑を離れた日

父が畑を離れた日

25年間、父の生きがいだった畑。

去年の冬から、父はぱたりと畑に行かなくなりました。

「ちょっと年を取ったから」というレベルではなくて、あんなに一生懸命だった畑への興味を、まるごと失ってしまったよう。

好きだったものへの興味が消えていく ── 老いって、こういうことなんだなと、しみじみ感じている話です。

去年の冬、父が畑に行かなくなった

去年の冬頃から、父が畑に行かなくなりました。

それまでも、去年に入ってからは、以前より畑に行く回数が減っていました。行っても、これまでのように動けない。それに加えて、最近の気候の変化もあって、野菜がうまくできないことが増えていた。

そんな中で、母の乳がんの手術と入院が重なり、母が畑にしばらく行けなくなってから、父はぱたりと行かなくなってしまいました。

25年、父の生きがいだった畑

父は50代で自営業を辞めて、そこから畑を始めました。他にすることもなくて始めた畑でしたが、そこから25年間、ほぼ毎日のように通っていました。

25年って、考えたら本当に長い時間です。父の人生の3分の1近く。畑は父の生活そのものだったと言ってもいいくらいでした。

300坪の畑で、1年中野菜を作っていた

かごに盛った採れたての野菜

その畑は、300坪ほどある広いもの。父はそこで、1年を通じていろんな野菜を作っていました。

だから、うちの実家は、野菜をスーパーで買うことがほとんどなかった。

新鮮で、大きくて、味の濃い野菜が、いつでもあった。私も時々、畑を手伝いに行っては、収穫した野菜をもらって帰っていました。

いま考えると、当たり前のように享受していた、ぜいたくな暮らしだったんだなと思います。

少しずつ、変化は起きていた

急に父が畑をやめたわけではなくて、変化は少しずつ起きていました。

2〜3年前から、父はよく「もう年だから、畑もそろそろやめようかな」と口にしていました。

その頃はまだ、口では言いながらも、毎日のように通っていたんです。だから家族も「口では言っているだけだろう」と、そんなに気にしていませんでした。

でも、去年に入ってから、変化が目に見えてきました。畑に行っても、一つの作業を始めると、他のことを忘れてしまう。だから作業がなかなか進まない。手伝いに行った私に、以前のように的確に指示を出すこともできなくなっていました。

老いは、こうやってじわじわと来るものなんですね。

母の入院で、決定的に離れた

病室のベッド

去年の12月、母が乳がんの手術で入院しました(母が乳がんに。でも、手術の翌日に歩いていた話)。

母は畑にしばらく行けなくなり、そのタイミングで、父は完全に畑から離れてしまいました。

それまでも、父があまり行かなくなっても、母が「そろそろ〇〇を植えないと…」と声をかけて、なんとか連れ出していたんです。でも、母が入院していたら、その声かけをする人がいない。

母が退院してからも、父は畑には戻りませんでした。

「行かないの?」と聞いても「行かない」だけ

今も、時々「畑に行かないの?」と聞くと、父は「行かない」と、それだけ答えます。

もともと父と私は、たくさん会話する親子ではないんですが、それでも以前は「○日空いてるか?畑手伝ってほしい」と父から連絡が来ることがありました。それも、今はまったくありません。

25年間の生きがいだったはずのものへの興味を、まるごと失ってしまったよう。

家では、テレビを見てゴロゴロしている時間が増えました。物忘れも進んでいます(「認知症ではない」と言われた父。でも、物忘れはひどくて)。母は「少しでも外に出て動いた方がいい」と、父の畑復帰を望んでいますが、今のところ本人にその気配はありません。

母と、母の友人が畑を継いだ

畑で作業する女性

畑の話に戻すと、実は代役ができています。母と、母の友人です。

以前は、父が一人でやっていて、母と友人はときどき草むしりや収穫を手伝う立場でした。

でも、父が行かなくなり始めた頃から、二人は積極的に畑をやるようになりました。それまではほとんどしていなかった、苗を植えたり、種を蒔いたりも、自分たちで始めた。

「父がやらなくなっても、自分たちで続けよう」という気持ちだったんだと思います。

母の乳がんが回復してきた頃、しばらく放置していた畑は雑草だらけになっていて、そのままではとても続けられない状態でした。

そこで、畑をやっている親戚に頼んで、雑草を抜いたり、土を耕したりを手伝ってもらいました。その親戚は今も時々手伝いに来てくれます。

こうして、母と友人の二人による畑が、少しずつ動き始めました。

ジャガイモは小さかった。でも、楽しそう

収穫したジャガイモ

とはいえ、25年やっていた父と同じようには、なかなかできません。

母たちは本を見ながら、ジャガイモを植えてみました。結果、いつもより小さいジャガイモばかりが採れた。

母の友人が言っていました。

「本の通りには行かないんだね。お父さんの経験があってちゃんとできてたんだって、今になってわかったわ」

25年やってきた父の技術が、今になって見えてきたんだと思います。二人はそれでも、楽しそうに畑をやっています。

300坪という広さを二人で回すには、限界があります。頻繁に通えるわけでもないので、育てられる野菜の種類も減りました。

それでも、採れたての野菜を食べられるのはやっぱりうれしい。スーパーの野菜とは、鮮度も味も違います。

私も、畑に行かなくなった

畑に行っていたのは父だけではなくて、私も時々は手伝いに行っていました。

でも、父が行かなくなってからは、私も行かなくなりました。

母たちが二人でやっていて、私が呼ばれることは全くありません。それまでよりやっている面積も広くないので、手伝うこともあまりないんだと思います。

正直に言うと、畑仕事はそれなりに重労働なので、行かなくてラクになった、という気持ちはあります。

でも、畑作業には作業なりの楽しさもあったし、家族で採れた野菜を分け合う時間もあった。それがなくなるのは、少し寂しくもあります。

好きだったものへの興味が、消えるということ

夕日に照らされたトマト

歳をとると、それまで楽しんでいたものへの興味が、ふいに消えることがあるらしい ── そんな話を、以前どこかで聞いたことがあります。

25年間、あんなに一生懸命だった父の姿を見てきたので、正直、そんなことが本当に起こるとは思っていませんでした。

でも、実際に起こる。しかも、あっさりと。

生きがいと呼べるくらいのものを、老いは静かに、けれど確実に取り上げていく。それを目の前で見るのは、切ないような、不思議なような気持ちです。

でも一方で、父の代わりに母と友人が畑を継いでくれて、細々とでも続いている。私にとっても、実家の食卓に採れたての野菜が並ぶ光景がまだ残っている。

失うものと、残るもの。両方を受け入れながら、家族のかたちも少しずつ変わっていくんだなと、しみじみ思う日々です。

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